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83年ぶりの再会、慶州月城で見つかった碑石の破片のポスター
展示無料残り7日

83年ぶりの再会、慶州月城で見つかった碑石の破片

無料 · Gyeongju-si 国立慶州博物館

期間
4月13日 ~ 8月17日
会場
国立慶州博物館
地域
Gyeongsangbuk-do Gyeongju-si
料金
無料
問い合わせ
054-740-7537

イベント紹介

1937年、慶州(キョンジュ)月城(ウォルソン)の西側で壊れた碑石の破片1点が発見されました。この破片からは「存」という文字だけが確認でき、残りは損傷が激しく碑石の正確な内容を知ることは困難でした。2020年、国立慶州文化遺産研究所により慶州月城を取り囲む防衛用の溝(垓子・へいし)の発掘調査が行われていた際、もう一つの碑石の破片が世に現れました。この破片は博物館で保管されていた破片に比べてやや大きく、「貢」「白」「不」「天」などの文字が確認できました。最初は二つの破片が一つの碑石から欠け落ちたものとは誰も予想していませんでした。碑石の3Dスキャン調査の過程で、二つの破片の破断面がぴったりと一致し、半分ずつしか残っていなかった文字が「稱」であることが判明しました。もちろん、この碑がどのような内容を盛っていたのか、誰がどんな目的でどこに建てたのかは未だ分かっていません。残されている情報が非常に限られているためです。時が経てば、また別の破片に出会えるでしょうか?【月城碑石の謎】◇どこから運ばれた石でしょうか?二つの破片は共に石英・長石・黒雲母が含まれるアルカリ花崗岩で、産地分析の結果、慶州の南山(ナムサン)一帯で採石されたことが分かりました。現在二つの破片の色が異なる理由は、2020年に回収された破片は地中に埋もれていたのに対し、1937年に発見された破片は地表で回収されたことから、かなり長い間地上に露出していたためと考えられます。◇碑石のどの部分でしょうか?破片に残されている文字の配列から見て、これらの破片は碑石の端ではなく中央部に該当したことを示しています。現在残っている文字の左右上下に、さらなる文字が存在していた痕跡が確認できるためです。文字が刻まれた表面は滑らかに整えられており、計16文字が確認できます。このうち判読できる文字は7文字、推定可能な文字は4文字、確認できない文字は5文字です。◇書体の秘密この碑石に刻まれた書体は、新羅の碑石で一般的に確認される楷書体ではなく、隷書体です。新羅碑の中で最も早い時期とされる迎日中城里碑(503年)をはじめ、6世紀の新羅碑には隷書体の影響が残る楷書体を使用している点と大きく異なります。隷書体のみを使用した碑石の破片が見つかったことが興味深いのはまさにこの点です。*楷書体 – くずさずに正字で整然と書く漢字の書体です。*隷書体 – 中国の戦国時代に使われた篆書体よりも簡略で、日常で使いやすいように作られた書体で、文字がやや広く平たい特徴があります。◇新羅の碑か?高句麗の碑か?隷書体は主に高句麗の碑で確認され、あいにく好太王碑(広開土王碑)に使われている「渡」「白」「稱」「貢」の文字がこの破片でも確認されます。このため5世紀の高句麗との関連性が提起されました。一方で、月城の碑石は慶州の南山で採石した花崗岩を使用している点、隷書体は中国でも使われていたため書体だけで制作年代や国を判断するのは難しい点、精巧な表面加工方式は7世紀の三国統一以降から本格的に登場する点を挙げ、慎重に見る意見も存在します。このように、未だ碑石の全体内容を把握するのは難しく、新羅の碑なのか高句麗の碑なのかは、さらなる議論と検証が必要です。

場所

Gyeongju-si 国立慶州博物館

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